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立禅ナビゲーター・凪 恵美子『わたくしと立禅』

『私と立禅の出会い』〜 シングルマザーが立禅に出会い、現在に到るまで 〜

わたくしは  娘が0才から9才になるまで シングルマザーでした。
貧乏な中で 娘に一つだけ習い事をさせてあげるには 
何が良いかと考えて、やっぱり【身を守れるものが良いかな】と、
思って母娘で一緒に近所の道場に入門しました。
たまたま、近所だったから という理由で入ったのが 
極真会館中村道場という空手道場でした。

直接の先生が、当時まだ 20代の前半で、
階級別で日本チャンピオンにもなった現役選手でした。
故に 入門直後から稽古は毎回、組手ばかりでした。 
せっかく入った道場では あるものの、初心者は 殴られ役、
蹴られ役が続きますから 嫌気が差します。 

娘と一緒にやってるものを、親が先に辞める訳にもいかないので 
どうしたものかと 悩むうちに太氣拳を知り、大阪支部に入門しました。

太氣拳創始者の澤井健一先生と極真空手創始者の大山倍達先生が昵懇であった故、
太氣拳は極真空手との交流があり、
結果として 空手対策の合わせ技を持っているという 触れ込みだったからです。


太氣拳という武術は、静かにじっと立つ【立禅】という稽古法がとても重要であり、
その特徴でもあるのですが これがたいへん、習得が難しいものでした。

わたくしが入門した時の先生は、
立禅を『とにかく騙されたと 思ってやってみて』とか 
『黙って3年立て』 としかおっしゃいませんでした。 

だから、全然身に付かなくて、モノにならなくて、苦労しました。 


これは日本式の武術修行のやり方、あまり言葉では説明せずに 技は見て盗むとか。
そういう考え方が影響していたのかもしれません。 
わたくしは極真空手から武道を始め、自由組手を含んだ 本格的武術である太氣拳で黒帯になりました。 
立禅という言葉は、古くは 日本の剣術や弓道、そして日本では太極拳の世界でも使用されていますが
わたくしがまず 最初に学んだのは 太氣拳という武術が継承する中でのタントウ功、立禅です。

武術の基本としても 大切なものが多く内蔵されています。
わたくしは、太氣拳に入門し、女性初 の黒帯を頂いた後、別の養生氣功の先生に師事しました。
初めにご紹介した中国の大武術家 王向斉先生は 晩年、武術ではなく養生に特化したタントウ功(日本式に呼べば立禅)
を指導しておられました。王先生の晩年の弟子で養生に特化したタントウを受け継いだのが氣功家として有名な焦国瑞先生です。

わたくしは 焦先生の氣功養生学を学びました。焦先生の気功養生学の特徴は、先生は中医(中国の伝統的医学)でもあったので、
経絡や経穴の考え方を使いながら、極めて緻密に丁寧にタントウの方法を伝えて下さることです。
氣功養生学には『衛氣』という概念があります。
自衛、自衛隊の衛の字と氣、気分の氣と書いて【衛氣】と呼びます。

一般には 自衛という言葉がありますが、自衛には二種類あり、
攻撃、暴力、事故など外からのリスクに備えることと、
病気から身を守る。免疫系を育てること。内からのリスクへの備え。

生きていく上では この両方を兼ね備えることが 大切です。
暴力、事故、人間関係のストレス、病気、あらゆるトラブルから 自分自身を守るバリヤーのようなものを【衛氣】と呼びます。 

【衛氣】を育て、それに包まれると、女性の場合は、どこか冒しがたい 気品のようなものが備わる。とお考えください。

わたくし自身の学びのルーツからみましても 現在、わたくしがお伝えする立禅は 
武術の鍛練法としての強さと、養生法としての深さ・奥行きの両方を備えているものなのです。

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